原材料など資材の戦禍を免れた業者や、地方の倉庫に原材料を保存していた資材業者のなかには、自ら化粧品製造に乗り出すものも出現し、多くの新興勢力が産声をあげる。その中の一社に昭和二一年に誕生したコーセー化粧品がある。明治二六年創業の化粧品メーカーで戦前まで「アイデアル」で有名であった高橋東洋堂があるが、コーセー化粧品創業者の小林孝三郎氏はその高橋東洋堂に在籍し化粧品ビジネスを学んでいた。戦後、高橋東洋堂は戦災を被り一旦会社を清算し再出発することとなるが、小林孝三郎氏は、弟の聴三氏とともにこの機に退職、コーセー化粧品本舗小林合名会社を二人で創業するのである。戦後の復興期には現在の化粧品・トイレタリーメーカーの誕生が相次ぐが、同二一年にはシャンソン化粧品、サンスター歯磨、ジュジュ洗顔クリームの寿科学株式会社、モナ、アリミノなどが誕生する。一方で戦後の混乱期は、小売業の復興に卸売業が重要な役割を果たす。即ち、商品の集荷、配送、在庫、そして金融など、単独の小売業では果たしえない機能を卸売業が肩代わりし、結果的に流通の役割分担を行うこととなる。そのことは多くの卸売業の誕生を促進することとなり、昭和二〇年には名古屋の江口商事、大阪のウエキ、二一年には東京の伊東忠商事、大熊商事、神奈川のドメス、大阪の三井商事、二四年大阪秀光舎、二五年東京ときわ商会などが創業期を迎えた。昭和二三年一〇月には公定価格が撤廃され、昭和一四年から戦後まで九年間続いた生活必需品一一一品種が自由価格制度に復帰する。化粧品業界ではポマード、クリーム、香油、シャンプーの「四品解放」を合言葉にそれまで政府に公定価格の廃止を陳情し続けてきたが、そのうち三品目がその時の一一一品種の中に含まれており、業界関係者はほぼ念願がかなったと喜び合ったのである。
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