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祈りを捧げる人の姿

神社の鳥居がいたるところにあるとたとえればわかりやすいが、バリの宗教関係者、特にヒンズー教の高職者からは、「神の心をないがしろにして、神聖なる物を飾り物にしている。侮辱である」という声も多い。しかし、「太陽と自然と神々が創造した南海の楽園」の魅力を求めてはるばるやって来た人にとっては、カメラの前でポーズをとる絶好の場所でもある。ウブドゥの村はさほど広くない。観光案内所とプリ・サレン王宮を中心に、東西、南北それぞれ一キロメートル程度の地域に人が集中している。道路工事で、ところどころに土盛りのあるラヤ・ウブドゥ通りを左折、南へ向かうモンキー・フォレスト通りが、一番賑やかなところだった。簡易舗装された狭い道を旅行社のマイクロバスが走り、この暑いのに、皮のジャンパーに身を固めた青年のまたがるオートバイが行く。左からは、自転車の荷台に、人形、風船、プラスチックの乗物などをこぼれ落ちんばかりに積んだ、「動くおもちゃ屋」が来れば、反対側からは、買物帰りだろうか、野菜の入った重そうなカゴを頭に乗せた女性がいる。うっかりするとぶつかってしまうが、このような通りでも、バリの人たちの敬虔な信仰心といったようなものに出会う。店や家々に挟まれたところどころに小さな神殿があり、祈りを捧げる人の姿がある。