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家の外に出ていった明かり

明かりの改良は粛々と進んでいたのだが、夜の屋外は依然として、暗闇が支配していた。エジプトやギリシヤ・ローマ時代の都市では、夜の公共の場所や街路で明かりが使われたこともあるようだ。しかし、夜の街が明るくなるのは、祝いごとのある特別な夜に限られていた。ランプやロウソクは家のなかで使われていて、ふだんの夜は月が、新月の晩は星が唯一の明かりだった。ヨハッーペックマンによれば祭りに関係なく夜の街路を照明した最初の近代都市は、16世紀のパリであった。「夜のパリがたくさんのランプで照らされている様子は、遠方からであっても見にいく価値がある。ギリシヤ人やローマ人でさえも、照明を治安のために用いるなどとは、考えつきもしなかった」という言葉が残されている。この夜間照明の発端は、夜の闇に紛れて街頭泥棒や放火犯が横行し、犯罪に手を焼いた治安当局が市民に対して、午後9時以降、街路に面したすべての家の窓の前にロウソクやオイルランプなどの明かりを灯しつづけるように命令を下したことにある。1524年のことだ。街を明るくすれば犯罪が減るだろうと考えたのである。1558年にはおのおのの街路にランプが三つ吊るされるようになる。それでも、すべての通りに明かりが灯されているわけではないので、外出するときは貸しランタン屋からランタンを借りたり、たいまつやランタンをもって付き添って歩く商売も生まれた。ランタンとは小田原提灯のように持ち運びできるランプのことだ。1671年のパリでは、10月10日から翌年の3月31日までの冬の期間に、月夜であってもランプが点灯されていたそうである。